運命と優しさと…
それは雨の降っていた日。
まだ雨が降ると冷える、五月のことだった。
その雨に打たれながら、その男は思った。
僕は何を目指してきたのかと…。
男:「・・・」
男は今、一人の女性と最後に会った日を回想している。
その日はほぼ1年前。
同じような冷える雨の下のことであった。
男:「僕では君を幸せにすることは出来ない…」
そう先に言ったのは男であった。
男は彼女の性格を良く知っていた。
なぜならば長く付き合っていた女性であったから。
女は優しすぎた。
それを知っているからこそ、男はこう言った。
男:「君までを一緒に不幸にするわけには行かない。
たとえ、君が好きだとしても…、いや君が好きだからこそ
僕は君と別れるべきだと思ったんだ」
女:「・・・」
女は何も言わない。
このようなことを言われるとは夢にも思わなかったのだろう。
男にとってこれは辛い選択だった。
彼女のためとはいえ好きな女性と別れを切り出すのだから。
付き合うきっかけになったのは男のほうだった。
男はふとしたきっかけで女と付き合い始めた。
付き合う前に彼は彼女を意識はしていなかったわけではないが、
「付き合おう」の一言を言える勇気は男にはなかった。
断られたら、恐い。そう思っていたからこそ、言葉には出さなかった。
しかし、女は薄々と気づいていたのだろう。
それは女の行動を見ればわかることだった。
女は男を見ていることが多くなった。そして理解したのだろう。
彼が優しい人間であることも、そして言い出せないでいることも。
今のままの関係が壊れることが恐かった。
そして自分の想いを抑えたまま会えなくなるのも恐かった。
きっかけは友人の一言。
「告白してみろよ。
お前達なら絶対に大丈夫。」
この一言は男にとって救いになった。
そしてその日の午後に女と二人きりになる。
男にとってチャンスができた。
でも男はすぐには言い出せなかった。
今の関係が壊れることがやはり恐かったのだ。
他愛ない日常会話から始まり…
そしらぬそぶりで話す二人。
端から見ていたら変な二人だと思われるだろう。
互いに相手を意識して緊張している。
しかし、多少の時間が経てばその空気に慣れたのか、
平凡な二人が日常の会話をしているだけに見える。
でも、そのひとときはそうそう長く続くわけがない。
女は暫く話した後に
女:「じゃあ…私は…」
男は女がその場を離れようとしたのが分かった。
自分の心臓の音が聞こえる
自分で緊張しているのが分かる。
男はそのときには恐怖を忘れていた。
今の関係を壊すのは恐い。
断られれば今のように話すこともなくなってしまうだろう。
でも彼女も僕のことを意識しているのはなんとなく分かる。
成功すれば・・・今以上の関係を築けるだろう。
しかし・・・
いや、相手の言葉を待つのは男として、情けない。
また友人も大丈夫といってくれた。
そして、僕は・・・大丈夫と確信しているはずだ!
そう男は頭で考え…
男は動いた。
女との新たな関係を得るために。
男:「僕と・・・付き合ってください。」
心臓の音はまだ聞こえる。
先ほどよりも心拍数が上がっている。
女からの返答までの間に恐怖のような期待のような
不思議な感覚を覚えるのを感じた。。
女:「えっと…
あの…」
明らかに女は戸惑っていた。
まさか、今日いきなり告白というものをされるとは
思っても見なかったのだろう。
でも、女にとっても考える必要はなかった。
その男はそれなりに見てきたし、どういう人物かも理解している。
そしてすでに好意を抱いていた女は断る理由もない。
女:「では…よろしくお願いします。」
この瞬間、二人の関係は変わった。
「恋人」という関係に…。
しかしその日からもいつもと変わらない毎日であった。
いや、変わったことといえば、
二人でたまにデートをしたりすることがあったことだろう。
そして長い間、二人は付き合っていた。
周りから見れば不恰好だったかもしれない。
でも二人にとってはそれで十分だった。
日常での話。他愛ない話。
お互いの生活について語り、何気ない周りの変化を共に見る。
二人は出会うためには少々距離があった。
どちらの都合もつかずに長く会わないこともあった。
でも二人は付き合っていた。
男はこの付き合いには満足していたし、
なにより、このままもこうでありたいとは思っていた。
しかし、男は年月を経るごとに周りやお互いの関係が変わることに不安を覚えた。
このまま僕が付き合いつづけてもいいのだろうか・・・
それは口にしたら全てが終わるような言葉だった。
男もまた女と同じように優しすぎたのだ。
自分のことよりも相手のことを気遣った。
人生はまだ長い、このまま関係が続けられるのか…
という疑問であった。
男は人生を考えるには若すぎた。
そして・・・
年月は経ち
男:「僕では君を幸せにすることは出来ない…」
女:「・・・」
男:「すまない…、そしていままでありがとう…」
女:「私こそ…お世話になりました。ありがとう…」
そして二人は歩いていった。
それぞれ反対の道へと…
そして男は一年経ったこの雨の日にここにきた。
女と別れてしまった場所へ…
男:「今更こんなところにきて…何を考えているんだ…。」
男は後悔していたのだ。
多少のエゴだとしても無理に分かれる必要はなく、
最後まで一緒にいつづければよかったのだと。
男:「ふぅ・・・」
傘もささずに雨の下、その場所に男は居続けた。
男は自分の言葉で女を傷つけてしまったのではないかと
いまさらながらに思う。
空を見上げてみる。
一面灰色の空であった。
が、そのとき一つの光を見た気がした。
何の光だったのだろう、と
光を見たらしい位置をよく見ようとした…
そのとき、見上げていた視界がふさがれた。
女:「傘差さないと風邪…引くよ?」
男:「えっ?」
その声には聞き覚えがあった。
そう、長い間付き合ってきた声だ。
そして…今も想い続けている人の声だ。
最初は幻聴かと頭のなかで思った。
なによりもう此処には来ないと思っていたのだ。
だが、確かにその声をその耳で聞いた。
男は恐る恐る声のする方向へ顔を向けた。
女:「いつからここにいたの?この時期は風邪引きやすいから気をつけないと…」
男:「・・・」
男は目を疑った。
目の前にいたのは間違いなく
長く付き合い、そして一年前に分かれたあの女性だった。
現われる事はないと思っていた。
そして一生の後悔として残ると思っていた。
でも、女は確かにそこにいた。
男の目の前に…。
男は目に涙を浮かべ…
そして女を抱擁した。
女:「えっ…?ど、どうしたの?」
男:「…君に言い忘れていた言葉があったんだ。」
男はそう切り出した。
女は思い出したくないことなのか暗く表情を変え何も言わない。
男:「俺では…君を幸せにすることは…できない…」
女:「・・・」
男:「でも、それでも構わないというのなら…僕と一緒に歩こう。
遥かな…高みへと…」
男はそう言った。
いまからでもやり直せる道があるのだ、と。
女:「うん…、いくよ…、一緒に。」
女は目に涙を浮かべ、そう返答した。
二人は雨の中、強く抱き合い、再会を噛み締めた…。
嬉しさのあまり流れた涙を雨と共に流しながら。
そして二人は人生という道を一緒に歩き始めた。
互いに支えあいながら…。
−−−あとがき−−−
暫くお蔵入りしていた作品。
珍しく純愛?モノ。
読み直してみたが、まぁとりあえずいいでしょ、ってことで公開しました。
ひとつ気になるのは、時代変化の流れが、こんなのでいいのかということ。
2重ネストになった回想シーンはちょっと問題だったかな。
人間の弱さと優しさの境界とはどこにあるのだろうか…。